NO.78
書  名 売りのテクニック
著者/訳者 林 輝太郎
発行所 同友館
価  格 2,000円
 
 
 

「売りのテクニック」からの抜粋


 



(人気とは「はかない」もの)

  T証券のMというセールスマンは「売り」注文しか取らないので有名で、あのバブルの大きな上げ相場の時でも売りのお客しかとらず、売りしかやらない。
 「買い!とんでもない、株は売るもんですよ」と大きな上げ相場の最中でもそう言っていた。
 では、その大きな上げの最中には売り有利な銘柄が無いじゃないかと言われるかもしれない。が、あるのである。たとえば、225平均株価の大天井は1989年12月だが、その2年8ヶ月前の1987年4月には金融株が天井をうったし、その2年くらい前には先駆株としてのエレクトロニクス株が天井を打っているのである。例を示さないと信じてもらえないかもしれない。
  つまり「売る銘柄」なんていつでもあるのだ。
  225平均株価が2万円を越し、暴騰している最中に先駆のエレクトロニクス株や銀行株、証券株は早くも暴落に入っていたのである。
  これは筆者が現物株のすべてを88年5月の連休明けに手放し、89年6月からカラ売りをはじめる判断をした根拠のひとつであるが、このI証券の売りしかやらないセールスマンが、常々口にしている言葉は大相場師山種と全く同じ。
    人気とは「はかない」ものなんですよ
なのである。



(相場とは売ることと見つけたり)

  『葉隠(はがくれ)』の有名な言葉「武士道は死ぬことと見つけたり」をもじって言えば(『相場師スクーリング』の中の秋山素男氏も言っている)
   相場とは売ることと見つけたり
なのである。葉隠の言葉が武士道の窮極の一面を表しているように相場は売ることと見つけたり≠煦齧ハのみではないか、と言われるかもしれない。
  しかし、あのバブルの大相場の上げの期間より、下落に向かってから現在までの(これから大底をつけるまでを考えればなおさら)期間が比較にならないほど長く、すなわち売りの期間が長いのをみてもわかるように、決して「株式投資とは売ることと見つけたり」という表現は極端ではないのである。


(控えめに、そして時間を味方につけろ)

  相場における控えめに≠ニいうのはむしろ余裕を持ってやったほうが資産を増やす上で得策だ≠ニ言う積極的な意味であり、相場の知恵、相場のコツなのである。私流にいえば、控えめに、そして時間を味方につけろ≠ニいったところである。先人の成功者も同じ事を言いたいのではないかと考えるが、こればかりは確認しようがない。
  相場の愛好者は建て玉が自然とだんだんエスカレートする傾向があるもので、知恵がなければそれを押さえることは出来ない。積極的な意志をもって、控えめに≠キべきなのであろう。


(売りの利はやさしく単純な多大なもの)

  売って出る場合はエッキスではない。すでに高い相場がある。そこまでの相場の歩みがある。それを矯めて(矯める=広辞林1252頁の同語7の頁参照)ワン・エンド・オンリーあるいはそれに甚だ近いところを、チャンスとしてとらえることができるわけだ。どの株についてもとらえることが可能だとはいわないが、どの株についても、その時々なりにそれがあることは確実であり、ある数種なり十種なりについては、各種の検討と修練と勇断とによってとらえることが、可能になる。しかもそれをとらえ得た場合は、あとの勝負はきわめて早いか、きわめて楽勝する。楽勝するには多少の時を要するが、時を要するほど大差をつけるものでもある。更に、買って出る場合は、道中が長く険呑であるばかりでなく順序先後の選択がむずかしいが、売って出て勝つには、道中が容易で且つ、順序先後もなく潰走千里を追うの場合が多い。そこに、買いの利はむずかしく多岐で薄少で、売りの利はやさしく単純な多大なものがある。株式投機では、このように売りに安全度と興味が多い。極言するならば、投機とは売りなり、くらいに考えてしまってもよいものだ。


(ヘッジ、保険つなぎ)

  「一方の銘柄を買う(と同時に)、他の銘柄を売る(ヘッジ。保険つなぎ)ならば、利益は少ないが安全で、ただしLTCMのようにあまりに効率を高めようと無理しなければよいのだ。そのうえ、上がるか下がるかの当てものの危険性がなく、両銘柄間の差(サヤ)が異常になったとき正常に戻る必然性を利用するのだから、安全であるとともになかなか知的な作業ではないだろうか」
  そのとおりである。ヘッジファンドとかいっても、理屈を知れば個人でできて、また理論的な作業だから、パソコンを駆使して成果をあげることができるはずなのだ。


(新しい型の相場師)

  パソコンを使うなら、いろいろな指標やオシレーターを使わず、数学的に合理的な確率の高いやり方のみに限定し、あとはその生かし方と売買の場合に確率の高さを殺すことのないような手法をとればよい、ということもわかるだろう。
  つまり古い型の相場師%Iな部分が少なく、理論的な合理性の部分が多い投資家を新しい型の相場師≠ニいい、それは多くのパソコン愛好家のグループの中から育っていく新しい投資家層ということになる。
  ヘッジファンドの大物ジョージ・ソロスはあまりにも大きいが、それの小型版の投資家でありながら、合理的な投資家で成果をあげる投資家層である。合理的で確率が高いといっても百発百中ではない。ジョージ・ソロスのファンドの一つであるクオーター・ファンドの成績は、1992年は36、7%、93年は63,0%、94年はマイナス10,2%、95年は159,4%、96年は81,9%、97年は49,3%、98年(9月まで)は1、5%なのである。


※ ( )内タイトルは勝手につけました。

 
 
 
鉄 太 郎 の ナ ル ホ ド と 納 得
 


  相場道の先人ともいえる筆者が、「数学的に合理的な確率の高いやり方のみに限定し、あとはその生かし方と売買の場合に確率の高さを殺すことのないような手法をとればよい、ということもわかるだろう」と述べているのは非常に興味深いことである。この本の初版は1999年11月に発行されている。