NO.95
書  名 三猿金泉秘録
著者/訳者 喜多村 政一
発行所 投資レーダー
価  格 1,000円
 
 
 

「三猿金泉秘録」からの抜粋


 


(相場道の真髄)

  「太極動きて陽を生じ、動くこと極りて静なり。静にして陰を生ず。静なること極りてまたうごく。一動一静あるに、その根となる。米の高下も天地陰陽の廻るがごとく、強気の功あらはれて、はなはだ高くなり、上る理極れば、その中に弱気の理を含む。弱気の功あらはれて、はなはだ安くなれば、その中に強気の理を含む。万人の気弱き時は、米上るべきの理なり。諸人気強き時は、米下るべきの種なり。是みな天性理外の理なり。」
  「予壮年の頃より米商に心を寄せ、昼夜工夫をめぐらし、六十年来月日をおくりて、漸々米強弱の悟を開きて、米商の定法をたて、一巻の秘書を作り、名づけて三猿金泉録という。米穀の形象は中まるく上下尖る。まるは陽、尖りは陰なり、天地陰陽の気をうけ、四民(士農工商)をやしなう天下第一の宝なり。三猿とは見猿、聞猿、言猿の三なり。
  眼に強変を見て、心に強変の淵に沈むことなかれ。只心に売りを含むべし。耳に弱変を聞いて、心に弱変の淵に沈むことなかれ、只心に買を含むべし。強弱変を見聞とも、人にかたることなかれ。言えば人の心を迷わす。是三猿の秘密なり。金泉録とは、此の書のななり。」


(見猿(見ざる)、聞猿(聞かざる)、言猿(言わざる))

  三猿とは見猿(見ざる)、聞猿(聞かざる)、言猿(言わざる)の三つの相場に対する重要な戒めのことだ。
  「眼に強変を見て心に強変の淵に沈むことなかれ、只心に売を含むべし。」は見猿であり、株式相場が上昇波動に移って、青年期、壮年期を経て老年期となってくると、すべての投資家は青天井の錯覚を起してくるものだ。連日出来高も大商いで株価も新高値を示現する銘柄が続出する。こうなると買ってさえいれば安心という妙な錯覚にとらわれてしまうのだ。こういう場合には天井圏で乱舞している相場は見ないで、好材料につり込まれないようにしてひたすら心の中で売りの時期を考えるべきである。易経に「陽極りて陰を生ずる」という名言もあるがこれはまさしく相場の真髄でもあるのだ。
  「耳に弱変を聞いて心に弱変の淵に沈むことなかれ、只心に買を含むべし。」は聞猿である。相場が下降波動に移って末期に近づいてくると、今まで悪材料としてみられていたものが現実化して、信用取引の買い方の総投げや、売り方の売り叩き等で、相場はドロ沼に引ずり込まれるような感じを起こしてすべてが灰色にみえてくるものだ。現物で持続する信念もグラついてきて投げ始めると、弱人気の割には相場が思うほど下がらなくなってくる。このように不安人気が充満していて買い気が全然起らないという現象が相場の世界ではたびたび起る。このような状態の時には相場のいうことを聞かないで、悪材料につり込まれないためにも、ひたすら心の中では買い時期を考えるべきである。易経でも「陰極まりて陽を生ずる」という名言と一致するもので、投資家は肝に銘ずることが重要であると説明している。
  「強弱変を見聞くとも人にかたることなかれ、言えば人の心を迷わす。」は、言猿である。相場に関して自己の意見や好材料や悪材料を知っていても、他人に話すとその人は迷いを起こすし、逆に他人の意見を参考にしようと思って聞いていると、「あるいはそうであるかも知れない」と自分の考えや見通しがグラついてくるものだ。これが人間の弱さでもある。



(売買仕掛法)

 野も山も、皆いちめんに弱気なら、あほうになって米を買うべし。
 いつとても、買落城の弱とふげ、こわいところを買がごくいぞ。
 米くづれ、買落城の飛びさげは、ただ眼をふさぎ買の種まけ。
 秋やすく、人気も弱く、我もまた売りたきときは、米の買じゅむ。
 古米多く、豊年と見る安米は、から腹上りの年と知るべし。
 万人が万人ながら弱気なら、のぼるべき理をふくむ米なり。
 五月米、人気弱くて値は上る、四月下旬に買いの種まけ。
 弱気理、世にあらわれ出れば、皆弱気、何時にても買の種まけ。
 秋風やから腹あがりの旬来れば、金のわき出る飛び上りなり。
 下るほど、くだれば弱気の気もつきて、上るところが天性としれ。
 豊年は、万人気弱く我よわし、安きによってうりは禁制。
 いつにても、三割下げは米くづれ、萬天元の買旬と知れ。
 買ぜきをせぬが強気の秘密なり、いつでも、安き日を待って買え。
 風吹かぬ、二百廿日の安値段、定式として待ち受けて買え。
 分別も思案もいらぬ買い旬は、人の捨てたる米くずれなり。
 万人が万人ながら強気なら、たわけになりて米を売るべし。
 古米すくなく、強変が出て高米は、から腹下りの年と知るべし。
 千人が千人ながら強気なら、下るべき理をふくむ米なり。
 変乗の年は空腹下がりなり、秋名月に売りの種まけ。
 米がれに、売落城の飛あげは、たわけになりて売の種まけ。
 秋たかく、人気も強く、我もまた買たきときが、米の売じゅむ。
 上りあし、みぢかくみゆる米ならば、とむと強気を止めて売るべし。
 いつとても売落城の高とふげ、こわいところを売るがごくいぞ。
 上るべき気がつきぬれば、おのづから、くだるところが天性としれ。
 秋の米、から腹上りまちうけて、二割あがらばうりの種まけ。
 強変があらはれ出れば、皆強気、了簡なしに売の種まけ。
 洪水と大風ふきの飛上りは、あほうになって売の種まけ。
 いつにても、二割あげては九分一分千天元のうり旬としれ。
 売ぜきをせぬが弱気の秘密なり、いつでも、高き日を待って売れ。


(売買駈引法)

 売買は、五分高下にて平すべし、乗も同じく五分高下なり。
 高下とも、五分一割は乗がよし、中墨すぎて乗は馬鹿なり。
 高下とも、長き足には乗がよし、短か足には乗ざるがよし。
 三平も二平もいらぬ安値段、せかずにまつが、大秘密なり。
 売買を、せかずいそがず待は仁、とくの乗るまで待も仁なり。
 売買を、せけばせくほど損をする。とんと休んで、手をかへて見よ。
 只せくな、せく商内に徳はなし、五分安を買い、五分高を売れ。
 凶年の米のきれめの高なぐれ、待て売るのが仁のとくなり。
 下がる理も、時いたらねば下がるまじ、売ぜきするは、大たわけなり。
 上がる理も、時節がこねば上らぬぞ、せき買をして悔むまじきぞ。
 あがる理も、時いたらねばあがるまじ、理を非にまげて米に随え。
 せく故に、安きをうりて、あたまから、高きをかうて、からうすをふむ。
 高きをば、せかずいそがずまつは仁、むかうは勇、利乗は智の徳。
 五月米、人気よわくて値は上る、飛上り商内の旬と知るべし。
 万人が、あきれはてたる値が出れば、それが高下の界なりけり。
 雨風の日をまちうけて米は賣れ日和をまちて米を買うべし。
 むかう理は、高きを売りて安きを買う、米商内の大秘密なり。
 三割の高下にむかう商内は、金の湧き出る泉とは知れ。
 三割の高下に徳は転変し、損はならすが秘密なりけり。
 米やすく人気の弱き日は買うて、人気の強き高き日は売る。
 常弱気、損とくしらぬ大たわけ、貧乏神の氏子なるらん。
 上がる理と、皆人ごとに極めたる大鞘ものにはたの種まけ。
 下がる理と、皆人ごとに極めたる、大下鞘に買いの種まけ。
 高下とも、一割五分の大鞘は、いつでも米にむかう理と知れ。
 飛下げは、いつでも米に向うべし、飛あげならば、米にしたがえ。
 提灯と釣鐘と見よ、売りと買い、買徳多し、売損多し。
 万人が、心にまよう米なれば、つれなき道へおもむくがよし。
 売買は、いくさの備えも同じこと、米あきないの軍兵は金。
 文珠でも、備えのたたぬ商内は、高下の変が出ればやぶるる。
 備えなき商内ならば、いつにても、損徳なしに商内禁制。
 ふところに、金をたやさぬ覚悟せよ、金は米釣る餌と知るべし。
 買米を一度に買うは無分別、二度に買うべし、二度に売るべし。
 売買に、徳の乗りたる商内は、半扱商内のすくい場と知れ。
 百年に九十九年の高安は、三割こえぬものと知るべし。
 ただせくな、百俵上げて百俵は、下げたためしが多きことなり。
 すわりには、売轉変に買轉変、徳をにがすな、半扱安楽。
 天性の利は、水無月に出ると知れ、高安ともに米にしたがえ。
 高安に、気のやすらかな半扱商内、寝ても起きても徳とれるなり。
 利徳多く、常に一心やすらかな、福徳圓満、安楽商内と知れ。
 鋸の拍子はずすな、転変商内、から臼踏みとなると、身を切る。
 高下とも五分一割に従いて、二割三割はむかう理と知れ。
 春あげと見て買上る冬の米、春はなかなかたかくなるまじ。
 春下げと見て値の安き冬の米、春はなかなか安くなるまじ。
 春三月、大高下なきすわり旬、高き日は売れ、安き日は買え。
 高安の理は、空理にて眼に見えず、影も形も無きものが体。

 

 
 
 
鉄 太 郎 の ナ ル ホ ド と 納 得
 

 

昔の米相場も、現代の株式投資も本質は同じだ。
人が売りたいときに買い、人が買いたい時に売るのが極意だ。
しかし、結局は大衆の一人になってしまうのが相場の怖さである。